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城郭図鑑

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山梨県の城館

2018年12月14日 (金)

グンナイベイビー

朝の大月駅は凍え死ぬぐらい寒かった。
富士吉田へ向かう道中は霜で真っ白だったり、それが雪だったり。
月江寺で降りて館跡探索から物語は始まる。

 

8:03 下吉田新屋敷(山梨県富士吉田市)
Csc_0777 市杵島神社
小林尾張守の屋敷と伝わるが特に何もありゃしない。

 

8:14 小林和泉守屋敷(山梨県富士吉田市)
Csc_0781 松尾神社
小林和泉守の屋敷跡。和泉守を慰霊した祠がある。
甲斐の山城と館では境内南の起伏を土塁痕と捉えている。

 

8:51 吉田城(山梨県富士吉田市)
Csc_0827 主郭跡の土塁
市街地の中で細長く伸びる丘が吉田城山だ。
以前、9月に麓まで来たが諦めているが、こんなに遠かったっけ?
今回はここがいきなりメイン級なので気合が入った。
比高差40m足らずでどこからでも登れる。
北の畑にあるスロープ状の坂が魅力的だったのでそこから登った。
富士吉田市そのものの標高が高いので藪は少ない。
御坂城のミニチュアのような縄張りである。
南尾根の半分は破壊されて見ることはできない。
とりあえず主郭の土塁まで見てきたが、う~ん、北側が主郭のような気もする。

 

10:15 忍草城(山梨県南都留郡忍野村)
Csc_0889 主郭近景
できればここに登ってダイナマイトキッドを追悼したかった。
キッドのようにキレとパワーで楽勝の予定だったが、
斜面はとんでもない急傾斜で泥濘と落ち葉で滑ること滑ること。
こんなところが登れないなんてサヤマに笑われてしまうぜ。
堀切とかけっこう見たかったんだけど断念。
北側に射撃場があるがホームページで予定は確認できる。

 

11:08 小倉山城(山梨県富士吉田市)
Csc_0900 北側丘陵の段郭
富士吉田市史では積極的に城郭扱いしている山。
低い山なので登るのは楽勝と思ったが、入口が見当たらない。
自分がいた場所の反対側にあるらしく旧登山道は閉鎖されていた。
仕方ないので麓を歩き回ったが、どうなんでしょうね。

 

という感じで今日はおしまい。
不完全燃焼というわけではなくけっこう楽しかったですよ。
それにしても最近の晴れ男ぶりは凄いな。7神がかりだな。
帰りはフジサン号とかいじのダブル特急乗車。予算オーバーですヨ。

2016年12月20日 (火)

1500mの攻防

月・火と連休だったが日曜日は帰宅が遅かった
徹夜で城跡行くのはもう荒業なので控えようと
月曜日はぐっすり眠り、起床後は真田丸最終回を観て
昼は焼肉食べてブックオフへ
魁男塾がすっかり棚から消えて意気消沈
やり場のない怒りをぶつけるべく火曜日は御坂城へ

何度かチャレンジしているがいつも御坂山まで来て萎える
早く片付けたかったので今回は天下茶屋から登るのをやめて
三ツ峠入口から鎌倉街道を登った
こっちのほうが全然楽だ。比高差は600m近くあったが
天下茶屋ルートのアップダウンを往復したらそれじゃきかないはずだ

11:05 御坂城(山梨県笛吹市御坂)★★★★★
Csc_9756
登山道入口からちょうど90分だった
天下茶屋からでも確かそれぐらいかかるはずだ
途中休憩を4回入れたからまずまずのペースだ
しかし凄い城跡だと思う
標高1500mの尾根上に滝山城があるみたいだった
さすがに手を抜かないな、北条

今日はもうこれだけでおしまいだ
河口湖方面はあと2回ぐらい来ることになりそうだけど
高いんだよなぁ富士急
まあ、今日はこの城だけの一本勝負だったので100点だな

2016年10月29日 (土)

マジノ線を越えろ

半年ぶりに史進師団と合流しかねてからの計画を実行へと移す
そう、誰もが越えられないと思っていたマジノ線突破である
始発に飛び乗り高尾から甲府まではいつもの道程


8:37 甲府城(山梨県甲府市)★★★★

0837koufu

甲府城は何度も来ているがいつも雨だったので
久しぶりに撮影に立ち寄る

甲府城をささっと見て史進師団と合流
さて、ここから特急ワイドビューふじかわへ乗車


10:36 四条屋敷(山梨県南巨摩郡南部町)★

1036sijo

内船寺が居館跡とされる
寺の由緒書きに居館があったことが記されていた
とにかくここはサワガニが多い


10:56 地頭屋敷(山梨県南巨摩郡南部町)★

1056jito

鎌倉時代に赴任した地頭の屋敷があったという
八津御嶽神社そのものは真新しい感じで興ざめ


11:20 木戸(山梨県南巨摩郡南部町)★

1120kido

木戸というと阪神のキャッチャーしか浮かんでこない
南部城への入口に置かれた番所なんだろうか


11:37 南部館(山梨県南巨摩郡南部町)★★

1137nanbu

一応居館跡のかたちは浮かんでくるし
井戸と案内板があるだけでもテンションが上がる
東北で雄飛した南部氏の故郷なのである


12:08 南部城(山梨県南巨摩郡南部町)★★★

1208nanbu

比高差はそれほどでもないし
楽勝と思いつつ遠景を撮影していたのが懐かしい
実際は久しぶりに悪戦苦闘の連続というか
登り口がわからないし道がない
城内は藪に覆われて遺構もイマイチだった
労力に免じて★を3つにして自分を慰める


15:06 真篠城(山梨県南巨摩郡南部町)★★★★

1506majino

道中、峠越えあり、降雨あり、サワガニあり
道はぬかるみ、沢にはまるわ、枝は落ちてくるわで
艱難辛苦の連続の末にたどりついた
苦労の甲斐あり素晴らしい城跡だった
連続する畝状阻障は何の意味があるんだろう
城内へ向けて縦に配列されている
これが横向きなら敵を食い止めるには良いと思うが

以上、7つの城館を廻ることができた
城廻りというよりも山岳旅団の演習みたいだった
野生の証明のワンシーンみたいなね
夕方に井出駅を出て甲府で駅弁を買い込み
帰りはスーパーあずさに飛び乗った
往復ともに特急利用というリッチな作戦であったが
これだけ苦闘の連続だったのは本当に久々だったなぁ
心地よい疲れと美しい景色と見事な遺構が残る城跡とで
充実した大冒険だったので100点満点だ!!

2016年6月18日 (土)

山の中で潮干狩り

山で潮干狩り?
そう、山の中でアサリを捜し歩いたのであった
無論、化石ではない
甲斐源氏の勇将浅利与一の居館探しが今日のテーマだ

久しぶりの出陣だった
特に山梨は随分ご無沙汰だった
休みのたびに雨に祟られ心折れた日々
やっと快晴だと思ったが、あまりにも晴れ過ぎた
この日は日本中で軒並み猛暑日を記録したのであった

8:38 長禅寺前陣屋(甲府市)☆
Dsc_6285
別名甲府陣屋である
跡地の小学校も廃校となりグラウンドが空しく残っていた

10:10 浅利与一館(中央市)★
Csc_6312
諏訪神社まではわりとスイスイいけた
そこから館跡までが一苦労だった
道を尋ねるも「たぶんこの高台がそうかと」「石碑はどこかで見たような」
そんな解答ばかりだったがみなさん優しかったのが嬉しい
何とか見つけた国道沿いの石碑
高台上はその前に気付かず歩いていたのだが引き返す気力もなかった
堀と思える水路がありますな

10:55 上野城(西八代郡市川三郷町)★
Csc_6338
浅利館から歩くことおよそ40分
灼熱の太陽と遮る日影がないことで意識もうろうである
ただ、例の天守閣が目印になり迷わなかった
蹴裂神社(凄い名前だ)が跡地で石碑と案内板がある
背後にはその天守閣がそびえるが
こちらは歌舞伎の市川一門発祥地なのだそうだ
土塁と思えば土塁のような土盛りがあるが遺構かどうかは???

ここから平塩の源義清館と市川陣屋へ向かうつもりだったが限界だった
野球でいえば甲子園で延長15回投げたぐらいの球数だ
甲斐上野駅の水道でアイシングをして熱中症をなんとか食い止めた
やはり山梨は冬がいちばんだと思う

2016年5月16日 (月)

河口ヒロシ探検隊シリーズ

天気は持ちそうだったから久しぶりに出かけてみた
あまり遠出はしたくないけど、近くでも物足りないので河口湖へ

8:40 船津館(富士河口湖町) ★
0840
居館跡は河口湖ホテルがある高台だ
御屋敷の松のたもとに看板があり
小林尾張守館跡と記してあったので撮影しておいた

14:03 三浦氏屋敷(富士河口湖町) ★
1403
左端にチラリと見えるのが江戸末期の薬医門です
よその庭先を通らないといけないので近寄っていない

14:11 河口氏屋敷富士河口湖町) ★
1411_8
小さな神社がある場所が屋敷跡だが特に遺構はない
ただ、屋敷の北辺に土塁ではないかと思う場所が2か所ある

今日はこれだけだ
そうそう、御坂城を攻めようと思ったわけじゃないけど
天下茶屋までは訪れてみた。
ちょっぴり登ってみたけど、やっぱ御坂山がネックだなぁ
山城2つぐらい攻めたあとに
八王位城ぐらいの山が尾根上にドーンとあるんだから
とりあえず秋に攻めようかと思って旧道も探索してきた
アップダウンよりもただひたすら登るほうが気楽なような・・




2015年10月26日 (月)

八百万の神

やや肌寒い快晴ときたら出陣せずにはいられなくなってしまった
行く先はやっぱり山梨県北杜市。最近のお気に入り

韮崎から増冨温泉行きのバスで楽してみた

大渡城
Csc_1654
バス停から峠まで10分ぐらい
峠から遺構のある場所までも10分ぐらい
烽火台として認識されているけど段郭あり土塁ありで城っぽい
城山といわれているぐらいだから城として紹介するつもり

馬場烽火台&馬場口留番所
烽火台目指してたら迷ってしまい先に番所を見つけた
烽火台はただの秋葉神社で何もない
ここに烽火台があったという伝承もないようで・・

獅子吼城
Csc_1777
念願の獅子吼城で1800城を達成した
やはり遺構がバッチリ残る城で決めたかったので
噂に違わぬ素晴らしい城跡だった
登りが楽なのもいいねぇ
というか入口からはほとんど登りないですヨ
お弁当持っていけばよかったなぁ

根古屋口留番所
ここは通りかかったから撮影しただけ
何もないし馬場の番所みたいに案内板もない

この後、中尾城や三枝屋敷に立ち寄ろうかと思っていたけど
ちょうどバスの時刻だったからやめた
まぁ、これぐらいでちょうどいいかな

さて、これでしばらくは山梨はお休み
ちょっと休みます

2015年10月15日 (木)

甲斐甲斐しく

今日もまた山梨県北杜市へ
旭山砦をメインに据えて周辺の屋敷跡を散策した

南新居屋敷
深草城主の堀内氏の居館でしょう
北西に土塁が残っていた

東原塁
武川衆に名を連ねる入戸野氏の屋敷
土塁はかなり立派だった

千野屋敷
地頭を務めた千野氏の屋敷
立派な土塁があるんだけど塀に囲まれており・・

大柴屋敷
ここは子孫が住んでいるだけで何もなし

日向大和守屋敷
信濃攻めで名を馳せた日向氏の屋敷跡
残念ながら何もなし

白倉屋敷
出自がよくわからない土豪屋敷
ただ、残る土塁はご立派

植松屋敷
津金衆だそうです
北東に土塁が残るんだけどよく見ることができない

旭山砦
Csc_1511

天正壬午の乱で北条氏が築き、途中で投げ出した砦
南の郭はおっ!と思わせるが北へ向かうにつれて尻すぼみ

今日はここまで
総歩行距離25キロ!
さすがに歩き疲れたな

2015年9月30日 (水)

16文キック炸裂

秋晴れ
最高ですね
我慢しきれず山梨県北杜市へ

実相寺館
神代桜が有名なお寺さん
山高氏の居館ではないかともされており土塁が残っている

山高屋敷
こちらは推定地。でも近くに菩提寺があるし集落の最高所だし
案外、こっちが正解かもしれない

柳澤屋敷
時代劇で悪名を馳せる柳澤吉保のご先祖は武川衆だったんですねぇ
立派な石碑が建っています

一条屋敷
あやうくスルーするところだったけど立ち寄って良かった
立派な堀が残っていた

横手屋敷
甲斐源氏横手氏の屋敷跡でここにも堀が!!

馬場美濃守屋敷
Csc_1272
本当に馬場信春の居館なのか??
教来石にも館跡があるけれども

曲渕屋敷
クレイマーですね、この人
ちょっと精神がヤヴァい感じがするけどね

中丸砦
何もないと思っていたけど道筋にあったので立ち寄る
壁面はきちんと削り落とされているし空堀もあるでねぇの

今日はここまで
いやぁよく歩いたなぁ
天気も良くて暑くもなく寒くもない最高のコンディション
こんな日は1年のうちそう何日もあるものじゃない
完全復活といっていいぐらい頑張ったのだった

2015年9月 3日 (木)

北杜の拳

雨予報
しかしながら雲の動きを見て「これならいける!」と確信した
かねてから行きたかった山梨県北杜市の谷戸城を目指す
そうそう、訪れた城はすべて北杜市です

清光寺
逸見清光の墓を見るために立ち寄った
ここは館跡といった伝承はないが、甲斐源氏の先祖なんでね

小和田館
中央高速と圃場整備で壊滅している
ここで道を尋ねた農作業中のおばあさんに孫かと思ったと言われた
どう考えても息子さんぐらいの年齢なんだが、よほど似ていたのだろう

深草城

Csc_0946

ここは予想外に素晴らしかったなぁ
夏だからまだ藪だらけかと思ったら意外と綺麗に刈り払われていた
土塁も水堀も立派なものだったし規模もなかなか
館というより城といった印象だ

谷戸城
深草城のすぐ隣に館跡があったのだが見逃してしまった
後から気づいたから仕方ない。気を取り直して谷戸城へ
ここもなかなか立派な遺構が残っている
土塁の内側に堀があるのが面白い。吉野ヶ里遺跡みたいな配置だ

予想以上にカンカン照りが続きここで少しバテた
そうしたら恵みの雨が降ってきた

谷戸屋敷
谷戸城から5分ぐらいの場所にあるお寺がそうらしい
寺の由緒を記した石碑にそんなことが刻まれていたが遺構なし

御所
谷戸氏居館のもうひとつの候補地
一面の水田と民家になっているだけだった

ちょっと疲れたのでここで切り上げた
やっぱり年齢的な衰えは隠せない
あまり無理をしないでこれからも楽しみたいと痛感した

2015年7月 6日 (月)

武田は続く

しばらくは武田二十四将の屋敷シリーズが続きます
ズルいでしょう(笑)
屋敷地が判明していない原虎胤以外は残すところ
山本カンスケ君、一条信龍さんだけですが、
この標柱だけを訪ねるわけにもいかないしなぁ