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城郭図鑑

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埼玉県の城館

2021年1月16日 (土)

久々に藪に飛び込む

早いもので娘は共通試験である。
彼女がまだオムツをしていた頃に訪れた越畑城、
17年ぶりに再訪してみたりして。

10:57 杉山城(埼玉県比企郡嵐山町)
100_0004 杉山城遠景
杉山城も久しぶりでしたが豪快にスルーします。
帰りに寄ろうと思っていたんだけど、
気づいたらオーバーランしていました。
 
11:28 越畑城(埼玉県比企郡嵐山町)
100_0011_20210116160801 城址碑
17年ぶり!!
絶対来るなんて思ってなかったけど、
なぜか来てみたくなった。
 
12:08 谷津城(埼玉県比企郡嵐山町)
100_0040_20210116160801 曲輪跡
久しぶりの新規訪問は谷津城。
曲輪も低い土塁もあるけれど、
ものすごい藪で全部見るのはちょっとつらい。
 
帰り道に杉山城立ち寄るのすっかり忘れてた。
疲れもあってそのまま武蔵嵐山駅へと帰陣。

2021年1月 5日 (火)

ローリングドリーマー

人生はチャレンジだ!!

ジャンボ鶴田さんの大ファンだった僕は、
今もその言葉を座右の銘としています。
というわけで鶴ヶ島制圧作戦を敢行しました。
 
11:30 東遺跡(埼玉県鶴ヶ島市)
100_0002_20210105165401 近景
このあたりの地主さんの屋敷です。
 
11:33 内野屋敷(埼玉県鶴ヶ島市)
100_0005 水堀かな?
ここも内野さんのお屋敷。
室町時代の屋敷とされています。
 
11:49 三ツ木屋敷(埼玉県鶴ヶ島市)
100_0012_20210105165401 土塁
慈眼寺あたりを訪ねておけばよろしいかと。
境内から土塁が拝見できますんで。
 
12:00 三ツ木館(埼玉県鶴ヶ島市)
100_0023_20210105165401 土塁
ここは予想外に良かったです。
けっこう大きな館だけど土塁がよく残ります。
 
12:16 三ツ木屋敷(埼玉県鶴ヶ島市)
100_0032_20210105165401 復元土塁
江戸時代の新田開発の陣屋です。
川崎平右衛門はあちこちでその名を見ますね。
 
12:28 高倉砦(埼玉県鶴ヶ島市)
100_0046 土塁
たぶんというか土塁と思いたいですね。
 
12:37 高倉館(埼玉県鶴ヶ島市)
100_0058_20210105165401 空堀
ここも予想外の遺構にびっくりしました。
久しぶりに藪に飛び込んで正解でした。
 
こんな感じで鶴ヶ島駅から一本松駅まで。
10キロちょっとの道のりなのに、
7ヶ所も廻れるとは何たる幸運。
ようやく鶴ヶ島市コンプリートです。

2021年1月 4日 (月)

黄金バッテリーの館跡

前日は本当に久々の毛呂山町へ出かけました。
どの城館跡も懐かしさでいっぱいでしたが、
中でも斎藤美濃守と村田和泉守の居館跡の再訪は
なんだかとてもワクワクしたものになりました。
Saitou 館跡周辺の様子
斎藤と村田ときたらもう90年代を代表する
ジャイアンツの黄金バッテリーですね。
我がタイガースは斎藤雅樹をまったく打てず、
村田真一にも手痛い一発を喰らったものです。特に藪が。
 
それはさておいて肝心の館跡ですが、
周辺の宅地化にもめげずよく残っていました。
どちらかというと斎藤館のほうがちょっとヤバいか。
両方とも文化財指定されているわけでもなし、
このまま子孫が代替わりしたり跡継ぎが途絶えると
この遺構もあっという間になくなってしまうかもしれない。
 
斎藤氏の一族は周辺にもいらっしゃり、
村田氏の末裔もいらっしゃいます。
これらをまとめるとひとつの大きな平城になるような気もします。
まあ土塁で区切られているから独立した居館なのでしょうけど。
他にもいろいろ気になる場所があるのでまた訪れることになりそうです。

2021年1月 3日 (日)

毛呂郷の山城へ

12年ぶりに竜谷山城へ登ってみたよー!

なんだか出かけたくなってちょっと遅めに家を出ました。
飯能の吾野龍崖山城にしようか、
同じ飯能の大河原城の手前に連なる燧山に登ろうか、
迷った挙句に毛呂山まで出かけてみました。
 
僕が山城探訪を始めた頃に登った竜谷山城です。
その後も1度登っているけど懐かしいですねー。
 
Ryugai 竜谷山城の縄張り
国土地理院地図に『埼玉の城』所収の縄張りを参考に。
まあだいたいこんな感じですかね。
 
11:53 竜谷山城(埼玉県入間郡毛呂山町)
100_0003_20210103160701 城山   100_0017_20210103160801 堀切
100_0034 主郭跡  100_0032 主郭跡の土塁
100_0026_20210103160801 案内板  100_0024_20210103160801 城山から望む毛呂山市街
めちゃくちゃ懐かしいですね!
ついこの間のような感覚でいたけど、
もう10年以上前だったのか。
案内板が設置されていたのには驚きました。
まだ新しい感じですね。
 
13:09 村田和泉守館(埼玉県入間郡毛呂山町)
100_0060_20210103160701 土塁
こちらは15年ぶり。
せっかく近くまで来たからね。
周囲は住宅がびっしりで撮影に苦労します。
 
13:16 斎藤美濃守館(埼玉県入間郡毛呂山町)
100_0076_20210103160601 土塁
こちらも15年ぶりです。
だいぶ見学しづらくなっちゃいましたね。
南側の土塁までは自由に近づけますが、
北側とかは宅地ばかりになっていました。
 
風も穏やかで日差しもあって楽しかったですね。
どの城館跡もずっと保存してもらいたいものです。

2021年1月 2日 (土)

比企四兄弟

菅谷城、小倉城、杉山城、松山城が比企城館群として
国指定史跡となったのが平成20年のことです。
国の予算がどれぐらいおりるのかはわかりませんが、
県や市町村指定より整備のための予算は組まれていると思います。
実際に指定後は樹木が伐採され雑草が刈られて
いずれの城も見違えるほど美しくなりました。
もっとも杉山城はそれ以前からとても綺麗でしたし、
菅谷城も歴史資料館がある関係で真夏以外はすっきりとしています。
小倉城は昨年の暮れに再訪しましたが樹木伐採の真っ最中でした。
そんな中で気になるのが松山城の荒れ放題ぶりです。
 
松山城を初めて訪ねたのは昭和61年だったと思います。
まだ高校生の頃、スマホはおろかインターネットもない時代。
5万分の1の道路地図だけを頼りに訪れました。
1月でしたが樹海のような有り様でした。
主郭に怪しげなバラック小屋があったのを覚えています。
 
数年前に埋もれた古城のウモさんたちと食事をしたことがありますが、
そのときにウモさんが仰られていたのが
「松山城は樹木を伐採しすぎだと思います」ということでした。
予算がおりて調子に乗りすぎて伐採した結果、
土塁が雨で流出したり崩れたりした城をいくつも見ています。
僕が住む所沢市の滝の城も法面が崩落してしまいました。
 
国指定後の松山城も木々を伐採したのは良いのですが、
その後が続かないようで再び荒れた山に戻ろうとしています。
 
2005年5月14日
P5140015 P5140012
国史跡指定以前ですが5月でも空堀はすっきりとしていますね。
 
2006年11月25日
Pb250005 Pb250006
これも指定前の空堀ですが全然ストレスなく歩けました。
 
2009年12月7日
Csc_0041 Csc_0035 Csc_0037
指定後の松山城です。
ちょうど良いぐらいですね。
あの城址碑も雄々しく建っています。
 
2019年12月17日
100_0014_20210102135301 100_0018_20210102135301 100_0026_20210102135301
この間にも訪れていますが、
その時は友人の案内だったので撮影していません。
しかし10年経過するともうこの通りです。
継続は力なりと言いますが難しいのでしょうかね。
案内板や標柱は新しくなりましたが遺構がこれでは・・・
城址碑は倒壊したまま藪に埋もれていました。
 
他の城がまずまず継続して管理されているのをみると、
吉見町は何をしているのだろうと勘ぐってしまいます。
4つの城がまとめて指定範囲になっているから、
予算の配分なども違いがあるのかもしれませんが、
ちょっと差がありすぎると思います。
文化財指定がなくても地元の管理が行き届いている城も多いし、
お手製の案内板があったり草が刈られていたりする城もたくさんありますからね。
 
松山城の魅力はその空堀に尽きると思います。
戦後の食糧難で畑になったりもしたでしょうから
土塁はそれほど残ってはいません。
ただ、その堀を見て歩くだけで十分すぎるほど魅力のある城です。
今は縄張り図なども持参してきている人も多いので、
パンフレットなどは必要ないのではないかと思います。
その分、少しでも遺構が季節問わず見られるようになることを願って止みません。

2021年1月 1日 (金)

紅茶の美味しい喫茶店

新年おめでとうございます。
すぐにでもとは言わないけど、
秋ぐらいには普通に遠出できるようになるように。
本当に本当に切に願いますね。
こんなんだから遠出もままならず、とりあえず近場へ。
 
12:44 柏原城(埼玉県狭山市)
100_0036 本丸虎口の土塁
4年ぶりの柏原城です。
同時期と比べて木々の葉が落ちていませんね。
温暖化もかなりヤバいのかな。
相変わらず小さいながらも良い城だなぁと思います。
 
13:23 義貞砦(埼玉県狭山市)
100_0057_20210101200401 砦跡付近の段丘
正確な場所は不明ですからね。
以前とはだいぶ風景が変わってしまいました。
庚申塔だかがあったと思うのですが、
きれいさっぱり宅地化されていましたね。
 
13:52 入間川御所(埼玉県狭山市)
100_0067_20210101200501 徳林寺
20年ぶりです。
ここも正確な場所は特定されていませんが、
ほぼ徳林寺付近で間違いなさそうです。
大将陣は入間市駅のほうなのでちょっと違うのかなぁと。
 
久しぶりに土塁に上がったり堀に降りたりして楽しかったな。
しばらくは飯能市とか入間市とかになるのかな。
岐阜とか静岡とか行きたいなぁ。





2020年12月14日 (月)

激闘仁村兄弟

天気が良さそうなので出かけてみた。
指扇駅から北へ向かう。
 
11:10 金子山城(埼玉県さいたま市西区)
100_0002_20201214175801 空堀
12年ぶりに金子山城に立ち寄った。
周辺の風景はだいぶ変わってしまった。
淡島神社周辺がだけが昔のまま残っていた。
 
11:40 天沼遺跡(埼玉県上尾市)
100_0012_20201214175801 秀明英光高等学校
ここは案内板すらないようだった。
 
11:47 雨沼Ⅰ遺跡(埼玉県上尾市)
100_0016_20201214175901 平方公民館と案内板
案内板ひとつで多少はやる気が出た。
 
11:57 三輪庄司好光館(埼玉県上尾市)
100_0018_20201214175901 馬蹄寺
実際の館跡は上尾橘高校の北側。
三輪庄司の伝説が残る馬蹄寺を訪ねてみた。
 
12:06 吾妻左衛門是好館(埼玉県上尾市)
100_0026_20201214175901 上尾橘高校
とりあえず来た記念に撮影した。
 
12:53 老袋城(埼玉県川越市)
100_0033_20201214175901 水堀と思いたい水路
18年ぶりの老袋城である。
場所すら定かでない城だが、
おおよその見当はついている。
玉泉寺跡、鬼門除け、そしてこの水路。
もうここで100%間違いないとしておく。
 
というわけで18キロぐらい歩いた。
途中で伊佐沼を見たり、神社を訪ねたり。
遺構があったのは金子山城だけだったけど、
埼玉県の城跡は思い入れがあるから、
こんな感じでも平気。









2020年11月16日 (月)

ぶらりと嵐山

10数年ぶりに小倉城と木曾義仲生誕地を訪ねてみようと。
前々から計画していたのですが、今日は天気も良さそうで暖かいらしいので。
ところが予想以上に暑くてけっこう疲労しました。
 
10:47 大平山(埼玉県比企郡嵐山町)
100_0001 南尾根先端
小倉城はそれよりも高い山に囲まれているので、
以前から周辺の山には出城があったんじゃないかと思っていました。
とりあえず武蔵嵐山駅から山越えをしようと思い、
大平山へ登ってみたけど何もないっすね。
「堀切でもねぇかなぁ。あったら大発見だよなぁ」
なんて思いつつ歩いてみたけどないですね。
 
11:28 小倉城(埼玉県比企郡ときがわ町)
100_0099 小倉城遠景と案内板
前回から11年も過ぎていたのか。
4回目になるのかな。たぶんこれが最後だろうなぁ。
前回もかなり整備されていたけど今はもっと伐採されてます。
あんまり伐採しすぎると滝の城や松山城みたいに崩れちゃうんじゃないかな。
良い城は何度来てもいいもんですなぁ。
ここでは3人と出会いました。小倉城で人に会うのは初めてですよ。
 
12:48 木曾殿館(埼玉県比企郡嵐山町)
100_0113 鎌形八幡神社
斑渓寺から鎌形八幡神社へというお決まりのコース。
またしても井戸を見忘れた。
ここはもう16年ぶりかなぁ。
中学時代の仲間と3人で自転車で来たんだよなぁ。
 
懐かしい城館跡ばかりで楽しかったねぇ。
比企は自分にとってはもう屋敷の庭みたいなもの。
目を瞑っても歩けるぐらい。
昔とほとんど変わらない風景がとても嬉しい一日だったな。

2020年10月28日 (水)

比企の里をてくてくと

3月以降はほとんど遠出をしていませんでしたが、
9月の終わりぐらいから少しずつ出かけるようにしています。
足が萎えちゃうからね。
10月は久しぶりに勝手知ったる飯能市の大河原城に登りました。
あれぐらいの比高差でもえらい疲れてしまいましたが、
やっぱり山や丘を登ったり遠くを眺めるのは気持ちがいいですね。
 
11:51 前田利長陣所(埼玉県熊谷市)
100_0007_20201028172601 冑山神社
東松山駅からのんびりと雷電山を目指そうとしましたが、
途中でバスに飛び乗ってしまいました。
以前は何てことない距離でしたが、休み明け初戦ということで。
最初に来たのは冑山古墳です。
前田利長の軍勢が布陣した場所であります。
ぐるりと曲輪が一周しているのが印象的でした。
 
12:31 前田利家陣所(埼玉県東松山市)
100_0024_20201028172601 大雷神社
続いてはお父さんの前田利家陣所跡です。
息子の陣場とよく似た感じで曲輪が取り巻いています。
北西に向けて張り出した曲輪が良かったですね。
写真にするとさっぱりですが虎口らしい地形もあるし。
 
12:55 比企能員館(埼玉県東松山市)
100_0043_20201028172701 比企一族顕彰碑
実に18年ぶりです。
次の18年後なんてもう生きていないかもしれません。
本当に生きているって素晴らしいことだと実感しますね。
以前はこの顕彰碑はなかったと思います。
見落としていたのかもしれませんが。
 
ここまで来るとさすがにバスがないので森林公園まで歩きました。
1時間ちょっとですけど、相変わらず緑が豊富で気持ちいいですね。

2020年1月 6日 (月)

本郷城(埼玉県川口市)

遠い昔に本郷城へ訪れたときは傑伝寺だけ見て帰った。
手前の雑木林がとても意味ありげで気になっていた。
航空写真を見ていたら刈り払われていたので再訪してみた。
 
Hongo 本郷城の地勢
明治時代の地図を参考にすると
だいたいこんな感じかな。
 
100_0011_20200106171001 参道
緩やかながら案外長い坂道。
ここで地元のおじさんに話しかけられた。
「お兄さん、ここは本郷城だよ」
えっ!知ってるの?
子どもの頃から住んでるからよく知ってるらしい。
細かいことは省くけど曲輪と呼んでいたそうな。
 
100_0014_20200106171001 参道脇の土手
鬱蒼とした竹林と雑木だった。
以前は立入禁止の看板があり入らなかったけど。
 
100_0013_20200106171001 見事な切岸
実際はやや段がついていた。
これを見にきたわけだから。
  
100_0016_20200106171001 伐採されたあと
きれいさっぱり。
宅地分譲が始まるんだろうな。
昔訪れた川口市の戸塚城がこんな感じだった。
 
100_0024_20200106171001 台地縁の土塁
訪れてよかった。
今後どうなるか知らないがとりあえず見たぞ。
 
この日は他にもいくつか廻り川口市内の城郭はコンプリート
もう二度と来ることはないんだろうな。

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