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城郭図鑑

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東京都の城館

2020年1月22日 (水)

浄福寺城を極める

6年ぶりに浄福寺城に登った。
昨日は三浦半島の丘陵を歩き回ったが
翌朝はそれほど疲れもなかった。
曇り空だったので迷ったけど雪が降ったら当分行けない。
一気呵成に強行したが散策中は日差しに恵まれた。
 
1度目は図面もGPSもなく主郭付近を見ただけ。
2度目は伐採された枝が堀切に積まれて移動できなかった。
3度目は北尾根を見て満足してしまった。
4度目にしてやっとすべての尾根を歩いた。
東尾根の遺構を見逃したら一生損するところだった。
 
11:35 浄福寺城
100_0002 川原宿大橋バス停からの遠景
100_0006_20200122174101 西尾根の堀切と土橋
100_0040_20200122174101 東尾根の堀切
100_0054_20200122174101 東尾根の堀切
100_0066_20200122174101 北尾根の堀切
100_0072_20200122174101 北尾根の連続竪堀
 
なんか八王子城と滝山城がどうでも良くなってきた。
いくつも連なる堀切、それも半端じゃない規模。
平日の昼間だから訪れているのは自分ひとり。
疲れなんてまったく感じないほどアドレナリン出まくり。
今月はこれでおしまい。来月はどうしようっか?

2020年1月10日 (金)

たぶん最後の初沢城

本格的に城跡探訪をはじめた頃に登ったのが初沢城だった。
主郭からの眺望が素晴らしかったのと登りが楽という印象がある。
あれから長い歳月が流れ主郭からの眺望は真冬でもまったく利かない。
 
11:14 横山党館
100_0012_20200110235101 妙薬寺 横山秀綱供養塔
八幡八雲神社で案内板を見てから
妙薬寺の横山塔を見た。
傍らにあるのは山本勘助曾孫の墓という。
 
11:55 長田作左衛門屋敷
100_0015_20200110235101 横山町郵便局
ただの郵便局で案内板もない。
今はどうだか知らないが以前は八王子の文化財だったとか。
 
12:09 八王子陣屋
100_0017_20200110235101 産千代稲荷神社
こちらは今も八王子市の史跡
石碑が建つだけですが。
 
12:35 大江氏館伝承地
100_0027_20200110235101 廣園寺
大江広元の子孫大江師親開基の古刹。
たぶん居館ではなかったかと思うけど、
西国の雄毛利氏に繋がる寺院ということで。
 
13:19 初沢城
100_0064_20200110235101 東尾根堀切
100_0058 東尾根堀切2
100_0067_20200110235101 南尾根堀切と土橋
100_0074 南尾根堀切2と土橋
100_0080 西尾根堀切
100_0098 北尾根堀切
西尾根と北尾根の堀切ははじめて見た。
今までの自分は初沢城の魅力の半分ぐらいしか見ていなかった。
これでもうほとんどすべてを見ることができたと思う。
大好きな城だけどたぶんこれが最後なんだろうな。
 
年齢的に少しずつ足も衰えたし
何よりも視力が年々弱くなってきて
ちょっと暗い場所だと見えないですね。
だから山城で日が当たらない道はもう怖くて。
とにかく今日の初沢城は愛おしむように歩きました。

2020年1月 3日 (金)

金杯は大波乱

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
 
新年緒戦は東京都の最果てを訪ねてきました。
奥多摩駅に着いたのは午前7時前でようやく明るくなった頃でした。
 
舗装された林道を歩くだけなのでそれほど大変ではないですが、
誰もいない道を1時間歩くのは緊張感が高まります。
最近の熊はあまり寝ないのでね。
 
100_0006_20200103132201 遠景
真ん中の尾根上に遺構があります。
  
100_0029 城跡入口
あとから気づいたんですけどね。
往路は道路から斜面を下りました。
 
100_0009_20200103132201 堀切
道路上からも見えていました。
いきなりドーンです。
 
100_0011 堀切
上の堀切を横から見たところです。
 
100_0012_20200103132201 堀切2
少し下るとまた堀切が。
最初のは里道の切通しに見えなくもないですが、
こちらは紛れもなく堀切でしょう。
 
100_0014_20200103132201 平場
墓地と廃屋を過ぎると平場があります。
家があったときに畑でも造ったのかも。
ここにも堀切があったと思います。
 
100_0019_20200103132201 郭内部
はっきりした道があるので安心します。
 
100_0023 土塁
東側に残る土塁は立派でした。
 
さて、誰の城なんだろう。
平将門は置いておきましょう。
将門の後裔を称した三田氏で間違いないかと。
途中には三田羽黒神社もありましたし、
三田氏の勢力圏だったことは確かだと思います。
帰りはそのまま青梅で乗り換えて拝島へ。
疲れたので素直に帰宅しました。

2019年12月24日 (火)

から松君

12月23日に日の出町とあきる野市の境界を成す唐松山へ登った。
本当なら奥多摩町の氷川の城へ出かけるつもりだったが、
前日までの雨と夜明けにかけての雪で断念した。
 
100_0038 登山道入口から
日の出住宅団地の突き当たりから道がある。
最初はロープを頼りとする急登だが
すぐに東尾根の頂きへ着く。
 
100_0043_20191224183401 削り残されたような土塁
郭を囲むわけではないが土塁がある。
ここから東尾根のピークへ向かう。
 
100_0049 東尾根堀切
屹立するような斜面だった。
手前に堀切がある。たぶん。
 
100_0051 東尾根のピーク
なぜか白い椅子がひとつ。
とりあえず座り一服した。
 
100_0048_20191224183401 東尾根先端
何だかこの日は鋭気に満ちていた。
普段なら絶対行かないのに足が前へ。
 
100_0056_20191224183401 東尾根堀切
掘った土を手前に盛り土塁としている。
これを見たときに城ではないかと思った。
 
100_0060_20191224183401 東尾根先端の郭
何となく平坦になっている程度で
眺望はまるで利かない。
 
100_0067 主郭付近の堀切
ここまででも十分だったけど
とりあえず唐松山の山頂を目指す。
その途中にほらね。
 
100_0075 主郭?
山頂の平場だから主郭としよう。
意外と平坦でしょ。
 
100_0042_20191224183401眺望
東尾根から見下ろすあきる野市街
 
ほとんどというか城跡として取り上げている人は少ないけど、
登っていて歩いてみて楽しい山でしたね。

2019年11月 1日 (金)

馬鹿と煙

寝坊してしまい温泉に行けなかった。
天気もいいし悔しいから白金の自然教育園へ。
 
12:18 白金長者屋敷(東京都港区)
100_0027_20191101194701 土塁
久しぶりに来てみたけどけっこう土塁が残っているな。
旧軍施設の火薬庫が置かれたというけど
近代国家を目指す軍隊があんな土塁を築くかな。
もし築いたとしたらそれを掘った堀が残るだろうし。
 
14:07 番神山城(東京都港区)
100_0055 仙石山の碑
江戸時代には土取りでなくなったそうですからね。
仙石山の碑もゴミ置き場となっています。
 
14:17 西久保城(東京都港区)
100_0063 ホテルオークラ
懐かしいなぁ。
東京に越してきて最初に泊まったホテル。
城跡はそのまんま城山ヒルズに。
 
76695187_1708604232607952_41015330027591 東京タワー
せっかくこっちまで来たから登る気だったけど
展望台まで3千円って馬鹿じゃないの。
いっそ外人にくれてやればいい。
そんだけの金あったら御岳山登ったほうがずっといいや。

2019年10月17日 (木)

キラークイーン

世田谷城を再訪したくなった。
前々から行こうと思っていたがなかなか。
20年近い空白があるのでちょっと楽しみではあった。
 
11:04 奥沢城(東京都世田谷区)
100_0026 北側の土塁
浄真寺を囲むように土塁が残る。
木々があるために全容がよく見えないが立派な土塁。
 
11:25 出丸のような(東京都世田谷区)
100_0028 小さな公園の地形
奥沢城から兎々呂城へ移動中に休憩した公園。
なんか気になる地形なので撮影しておいた。
ちょっと砦っぽくないすか。
 
11:47 兎々呂城(東京都世田谷区)
100_0031 石碑
深沢城なのか等々力城なのかよくわからない。
世田谷区独特の赤字の石碑が建つ。
 
12:33 世田谷城(東京都世田谷区)
100_0060 土塁
本当に久しぶり。でもちっとも変っていない。
城址公園の中にある空堀は意外と立派。
今日は豪徳寺参道の脇にある土塁を見にきた。
フェンスの向こう側だけど案外よく見える。
 
13:11 世田谷城出丸(東京都世田谷区)
100_0066 世田谷八幡宮
世田谷城の案内板に出丸のことが書かれていた。
ちょうど帰り道だし立ち寄る。
わりとそれっぽい地形がある。
 
それにしても渋谷駅は不便になったな。
山手線から東横線の乗り換えなんて、
高校の頃はぜんぜん楽だったのに何てあんなにしたんだろう。
わかりづらいし時間はかかるし、あれ設計した人はバカだと思う。
もう一回言う。本当にバカだと思う。

2019年9月15日 (日)

飽きないあきる野

前日は雨で途中断念したあきる野市へ。
実は8月上旬も灼熱の暑さに負けて断念している。
だんだん体力と気力が落ちてきていると感じる。
 
7:30 二宮城(東京都あきる野市)
100_0006_20190915131901 二宮神社南東の遊水池
久しぶりに二宮神社を訪ねた。
城跡としてではなく清らかな湧き水を見たくなったから。
案内板はあるが実際に城かどうかは少しあやしい。
 
7:58 小川城(東京都あきる野市)
100_0030 宝清寺から高月城を見る
西党小川氏の居城なのかどうか。
もう少し後の時代ではないかとも思う。
遺構は何ひとつ残っていない。
 
8:10 法林寺館(東京都あきる野市)
100_0048 土塁
近いから高月城へ行こうかなと思ったけど、
まだ藪がひどいだろうしハチもいるだろうし。
仕方なく法林寺へ立ち寄った。
土塁は見ての通りで草ぼうぼうだが昔と変わらない。
 
11月下旬ぐらいになったら高月城を再訪したい。
案内板とか見学路ができたらしいので見ておきたい。
この方面だと伊奈城とかの再訪と唐松物見山、勝峰山ぐらいかな。
たぶんそれでもう五日市線に乗車することもなくなると思う。


2019年7月25日 (木)

伝承地とか砦とか

高校1年の秋から10年間を杉並区で暮らしていた。
上石神井駅を起点に懐かしい散歩道を歩きつつ、
城館伝承地をいくつか歩き、最後は三鷹へと歩いた。暑い。
 
11:00 善福寺城(東京都杉並区)
100_0010_20190725144101 善福寺公園
伝承地は善福寺公園にある善福寺池の下の池にせり出した台地。
無論、ここに城があったという確証はない。
ただ、緑が濃くて気持ちがいい。
 
11:28 上荻の城山(東京都杉並区)
100_0019 城山橋
善福寺川はとても綺麗になり水かさも増えた。
緩やかな流れに鯉が群泳し水鳥が休んでいたり。
杉並区は細い道が多く車が通らないのも快適。
 
12:24 牟礼砦(東京都三鷹市)
100_0027 牟礼神明社
先日、暑さに負けて寄れなかった牟礼砦へ。
負けず劣らず今日も暑い。
由来を記した案内板に砦の記述がある。
 
とても暑すぎて烏山砦はあきらめた。
杉並の散歩道は30年前と変わらず静かでいい。
静かじゃないのは人間ばかり。

2019年7月19日 (金)

交通マヒの一日

久しぶりの太陽だ。出かけるしかあるまい。
ただ起床が遅かったので久しぶりに三鷹市へ。
 
12:37 島屋敷(東京都三鷹市)
100_0012 島屋敷の現況
金子氏の屋敷跡であり近世は柴田氏の陣屋があった。
亀の甲羅のように円形の利を最大限利用した城館跡。
静岡県藤枝市の田中城とよく似ている。
面積もそれほど遜色ないが遺構はもう残っていない。
 
12:56 天神山城(東京都三鷹市)
100_0022 空堀
深大寺城攻めの砦という説が一般的。
三鷹市内では唯一遺構が残る城館跡。
よくぞ残ったと喝采を送りたい。
 
このあとは同じ三鷹市内の牟礼砦を目指したが、
今日はとても暑かったのでバスを利用したいと思った。
グーグルマップの北野バス停、もう使われていない(笑)
無料地図とはいえできない機能はあきらめたほうがいいかと。
この暑さで本気で死ぬかと思ったよ。
結局、30分以上歩いて杏林大学入口からバスに乗った。

2019年2月26日 (火)

遺構はなくとも

2月は風邪ひいたり寒かったりで成果は今ひとつ。
今日は山城へ行きたいなどと思い檜原村へ。
檜原城はスルーして遺構も何もない山奥へと向かう。

7:17 王子ヶ城(東京都西多摩郡檜原村)
100_0010 遠景
城として扱われているかは微妙なれど通り道なので立ち寄る。
八坂神社に登ってみたが遺構など何もなし。

8:39 浅間嶺烽火台(東京都西多摩郡檜原村)
100_0023 山頂の標柱
多摩丘陵の古城址を頼りに訪れてみたが遺構はない。
天気はあいにく曇り空だが遠くの山々が綺麗だった。

今日は何となく登山がしたかっただけなのでここまで。
陽射しは少ないが風がなく穏やかな気温だった。