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2021年1月 2日 (土)

比企四兄弟

菅谷城、小倉城、杉山城、松山城が比企城館群として
国指定史跡となったのが平成20年のことです。
国の予算がどれぐらいおりるのかはわかりませんが、
県や市町村指定より整備のための予算は組まれていると思います。
実際に指定後は樹木が伐採され雑草が刈られて
いずれの城も見違えるほど美しくなりました。
もっとも杉山城はそれ以前からとても綺麗でしたし、
菅谷城も歴史資料館がある関係で真夏以外はすっきりとしています。
小倉城は昨年の暮れに再訪しましたが樹木伐採の真っ最中でした。
そんな中で気になるのが松山城の荒れ放題ぶりです。
 
松山城を初めて訪ねたのは昭和61年だったと思います。
まだ高校生の頃、スマホはおろかインターネットもない時代。
5万分の1の道路地図だけを頼りに訪れました。
1月でしたが樹海のような有り様でした。
主郭に怪しげなバラック小屋があったのを覚えています。
 
数年前に埋もれた古城のウモさんたちと食事をしたことがありますが、
そのときにウモさんが仰られていたのが
「松山城は樹木を伐採しすぎだと思います」ということでした。
予算がおりて調子に乗りすぎて伐採した結果、
土塁が雨で流出したり崩れたりした城をいくつも見ています。
僕が住む所沢市の滝の城も法面が崩落してしまいました。
 
国指定後の松山城も木々を伐採したのは良いのですが、
その後が続かないようで再び荒れた山に戻ろうとしています。
 
2005年5月14日
P5140015 P5140012
国史跡指定以前ですが5月でも空堀はすっきりとしていますね。
 
2006年11月25日
Pb250005 Pb250006
これも指定前の空堀ですが全然ストレスなく歩けました。
 
2009年12月7日
Csc_0041 Csc_0035 Csc_0037
指定後の松山城です。
ちょうど良いぐらいですね。
あの城址碑も雄々しく建っています。
 
2019年12月17日
100_0014_20210102135301 100_0018_20210102135301 100_0026_20210102135301
この間にも訪れていますが、
その時は友人の案内だったので撮影していません。
しかし10年経過するともうこの通りです。
継続は力なりと言いますが難しいのでしょうかね。
案内板や標柱は新しくなりましたが遺構がこれでは・・・
城址碑は倒壊したまま藪に埋もれていました。
 
他の城がまずまず継続して管理されているのをみると、
吉見町は何をしているのだろうと勘ぐってしまいます。
4つの城がまとめて指定範囲になっているから、
予算の配分なども違いがあるのかもしれませんが、
ちょっと差がありすぎると思います。
文化財指定がなくても地元の管理が行き届いている城も多いし、
お手製の案内板があったり草が刈られていたりする城もたくさんありますからね。
 
松山城の魅力はその空堀に尽きると思います。
戦後の食糧難で畑になったりもしたでしょうから
土塁はそれほど残ってはいません。
ただ、その堀を見て歩くだけで十分すぎるほど魅力のある城です。
今は縄張り図なども持参してきている人も多いので、
パンフレットなどは必要ないのではないかと思います。
その分、少しでも遺構が季節問わず見られるようになることを願って止みません。

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