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2020年6月 2日 (火)

1985 あの日のこと

昭和60年10月16日。
その日のことは死ぬまで忘れることはないでしょう。
阪神タイガースが21年ぶりの優勝を果たした日です。
当時はインターネットもありませんしJリーグも発足していません。
神宮球場でナイターを見るときに実業団時代のサッカーは開催されていました。
球場の開門まで時間が余るのでふらっと競技場へ行くと
サッカーはなんと入場無料。その上お弁当まで無料配布。
そんな時代でした。
プロ野球がまだ娯楽の王様だった頃なんですね。
若い人には想像ができないと思います。
毎日、地上波で巨人戦が中継されて地方局でも中継がありました。
ラジオはほとんどがプロ野球の中継です。

調べてみるとその日は水曜日でした。
高校2年生の僕は当然学校に通っています。
6時間の授業を終えると3時過ぎ。
違うクラスの宇田川と長谷川と3人で急いで神宮へ。
新宿駅から総武線に乗り換えて千駄ヶ谷駅へ着くと、
すでに駅の近くまで当日券を求める行列ができています。
もう絶望しかありませんでした。
ダメで元々、最後尾の札の後ろへ並びます。
途中で列が詰まるのですが、
物を置いてどこかへ買い物に行った人もいます。
ラッキーと思いながら小走りで列を詰めます。
 
「これは入れないよなぁ」と宇田川に言いました。
「神宮って3万人ぐらい?」と聞かれたけどわかりません。
球場が見えてくるようになり少し希望が灯ります。
チケットが売り切れるならおそらくそのアナウンスがあるはず。
チケット売り場が近づくとさらに希望の明かりは大きくなりました。
結局、チケットを入手しましたがさすがにレフトスタンドは無理。
センター寄りのライトスタンドで座席を確保しました。
阪神ファンばかりで本拠地のヤクルト応援団はほんのわずかでしたね。
 
ゲイルと荒木の先発で試合は始まります。
この年の荒木は投げるたびに内容が良くなってきました。
さすがに甲子園準優勝投手ですね。
小学校の頃に準優勝パレードを見にいったので好きな投手でした。
阪神打線は3回まで荒木の前に沈黙です。
先制された阪神の反撃は4回、真弓の33号。
史上最強の核弾頭の一発で同点にします。
6回にはバースの52号で勝ち越しますが、
重圧からかゲイルがヤクルト打線に捕まります。
考えてみればゲイルは前半戦と後半戦では別人で、
球種からクセからいろいろと見破られていた気がします。
福間から工藤、佐藤らの必死の継投で2点ビハインドで9回へ。
 
「今日はもうダメかもね」とちょっと弱気になりました。
ヤクルトもエースの尾花を投入しています。
9回先頭の掛布の打球は悲鳴とともにレフトポールを直撃。
もう割れんばかりの大歓声だったですね。
スタンドの人たちと抱き合って喜びました。
続く岡田がセンターオーバーの2ベース。
この打球もホームランかと思いましたけどね。
北村が慎重にバントで送り1死3塁。
平田に代わる代打は佐野でした。
長い間レギュラーを張ってきた佐野でしたが、
この日のスタメンは長崎に譲っています。
阪神一筋のベテランの登場でスタンドは湧きます。
そして佐野は見事に左中間へ大飛球を打ち上げました。
岡田が悠々ホームインして同点。
このときまだ阪神ベンチは引き分けで優勝と知らなかったそうで。
スタンドも自分らもよくわかっていません。
延長戦に入り阪神は中西、ヤクルトは左のエース梶間をマウンドへ。
両軍ともに必死の継投ですね。
そのうちスタンドでラジオを聞いていた人が
「引き分けでも優勝みたいやぞ」と言うと
応援のボルテージは一気に跳ね上がりました。
この頃、阪神ベンチにもその情報はもたらされたようです。
 
中西が角をピッチャーゴロに打ち取りファーストの渡真利へ。
渡真利はダイエーで引退し審判となり、今は阪神園芸で働いていますね。
その瞬間に阪神の優勝が決まり胴上げが始まりました。
宇田川がビールを買っているから仕方なく僕らもビールを飲んでいました。
学生服のままなんで今じゃ売ってくれないでしょう。
そこからは六甲おろしとヒッティングマーチの大合唱です。
「ヨシダ、ヨシダ、ヨシダ!」
ものすごい吉田コールの中で優勝監督インタビューが始まりました。
「セントラルリーグのために、その名に恥じない野球をやってきます!」
その瞬間、涙がぶわーっと流れてきました。
今、思い出してもちょっと涙腺が熱くなります。
阪神ヒッティングマーチ野手用に合わせて、
♬かっ飛ばせ吉田!広岡倒せ!
みんなが声を涸らして歌っています。
今みたいにいろんな色はありません。
黄色一色のスタンド。
ゲイルが「世界でもっとも感動的な光景」と言った黄色く染まるスタンド。
自分がさらに感動したのはヤクルトファンの人たちが、
「阪神優勝おめでとう 来年こそはスワローズ」
そう書かれた横断幕を掲げてくれたこと。
手書きじゃなくてちゃんと作成してくれた綺麗な横断幕でした。
あれは嬉しかったなぁ。まだ岡田さんが団長だった時代ですね。
 
優勝を決めてからは球場外でビールかけです。
ファン同士で頭から顔からビールのシャワー。
次の日登校したときにかなりビールくさかったと思います。
もうあれから35年も過ぎてしまいました。
あっという間ですね。
その間、長い暗黒時代を経て阪神は2回優勝しています。
いずれの優勝も嬉しかったですけど、
やはり生で見た瞬間は格別です。自分も若かったですしね。
この年は日本一を決めた瞬間も所沢で見ることができました。
凍えるほど寒かった西武球場の木枯らしは今も覚えています。
まさかその所沢に家族と暮らすことになるとは
当時、高校生の僕は知る由もありません。
あの感動をいつまでも忘れないですし、
自分が覚えているうちに若いファンに伝えたいと思いますね。

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