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2020年6月 2日 (火)

26工藤一彦

186センチの巨体で長く阪神のマウンドを支えた投手でした。
高校時代は四天王と呼ばれた逸材でしたが、
人気ナンバーワンの定岡よりも長く活躍し
4人の中では勝ち星もいちばん多く積み上げたのが工藤です。
工藤の全盛期はちょうど自分の中学時代と重なります。
当初は背番号19でしたが、ほとんど活躍できないまま
移籍してきた小林繁のためにはく奪されました。
26に変更させられて闘争心に火がついたのか、
一流投手として成長していきました。
83年には13勝を挙げて3完封。立派な数字ですね。
中堅となってからはやや故障に泣かされてしまい、
85年の優勝したシーズンはもっぱら中継ぎをこなしていました。
開幕当初は先発でバックスクリーン3連発のときの勝ち投手です。
 
翌年も中継ぎを中心に5勝負けなし。
ただ防御率はあまり良くない投手で、
低めに集めて打たせて取るタイプでしたね。
87年は最下位に沈んだタイガースですが、
この年の工藤は先発に復帰して2完投。
5月ぐらいの甲子園の大洋戦で久しぶりの完封勝利を挙げました。
この試合はテレビで見ていましたが、
工藤のさして速くもないストレートを
「真っすぐが速くて怖くなった」と言って途中退団した選手がいました。
大洋のレスカーノという選手だったと記憶しています。
まるで草野球のおじさんが投げている感じのフォームでしたよね。
力感もスピードもあまり感じませんでしたが、
同じ時期に主力を務めた伊藤と比較すると、
勝率の良いピッチャーだった印象があります。
好投しても勝てない伊藤とは対照的でしたね。
 
村山監督が就任すると登板数が激減します。
ファームでも一生懸命投げていたことは
当時愛読していた月刊タイガースでも知っていました。
特に引退試合もすることなくひっそりと辞めたような気がします。
勘違いかもしれませんけど。
引退後は現場復帰をすることもなく
ずっとテレビの解説者として活躍しています。
2005年の優勝を決めた巨人戦でも解説していましたね。
引退してしばらくして竹内が26をつけたときは
上背の大きさといい風貌といい工藤が戻ってきたような感じがしました。
華やかな活躍は短期間でしたけど伊藤とともに忘れられない投手です。

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